つまずくと転びます。なぜでしょうか?この現象は必ずしもありがたくは無いですが、スポーツをする上ではこれは運動連鎖の理論であり、重宝されます。この仕組みが分かれば小さな力で安定してヘッドスピードを大きくでき、テニスが上達します。
ここでは「究極の投球メカニズム」という書籍1とそこでの引用論文2に書かれている内容を、高校物理で理解できるよう平易に説明してみました。
つまずくとなぜ転ぶのか?
それは、つまずいた瞬間に慣性力によって頭部が加速するからです。問題風にします。
問題風に記載
速度 v0 で並進している棒の一端 A を急激(Δtの間)に速度 vA=0 にした場合、他端 B の速度 vB を求めよ。

棒が人間全体で、A は足を、B は頭を表します。
「急激(Δtの間)に速度 vA=0 にした」というのは、ここでは簡単のため t=0 から t=Δt の間、一定の力 F を加えて実現していると考えます。
答えを先に示す
結論を先に示すと、答えは
vB=3v02
です。すなわち、1.5 倍に加速します。止めているのに加速するのです。面白いですね。止めている「から」加速する、が正しいですね。
テニスに当てはめて考える
今は歩いている人がつまずく例を挙げましたが、これをテニスに当てはめれば A 点をラケットを持っている手、 B 点をラケットの面と考えれば、手の並進運動を止めることでラケットが加速するという現象になります。いわゆる、
ラケットが走る
と表現する現象です。これをさらに積み重ねていけば、つまり、
足→腰→肩→腕→ラケット
と連鎖させていけば倍々ゲーム的に速度は増していくことになります。決して力を込めて打っているわけではなく、運動をうまく連鎖させていくことによりラケットのヘッドスピードが上がります。
ここで B には何も力を加えていないことに注意してください。つまり、ここでもやはり脱力が重要で、脱力することにより加速するのです。仮に B 点で力が入っているとすると、それも A 点では左側に力が入っているので B 点でも力が入っている状態とは左側に力が入っているはずなので、B 点の加速は損なわれてしまうことになるからです。
論点は異なりますが脱力が重要であるとする記事は下記↓にもありますので、合わせて見てもらえると嬉しいです。
vB=3v02 を求める
ここでは上記で示した問題を実際に解いていきます。
運動方程式を立てる
t=0 から t=Δt の間に棒にかかる力は A 点にかかる F です。右側を正としますが、そのようにとると F の符号は負です。

このとき、棒の並進方向の運動方程式は、加速度を aO と置いて、
maO=F
です。
次に、棒の回転の運動方程式を立てます。重心まわりの慣性モーメントは 112ml2 なので、回転の運動方程式(解説1)は、回転の角加速度を a (時計回りを正とする)と置いて、
112ml2⋅a=−F⋅l2
です。(→ 右辺の負号: 解説2)
最後に、aO と a の関係は、A の加速度を aA と置くと
aA=aO−l2a
となります(→ 解説3)。
運動方程式の解
(1), (2), (3) を F, aO, a について解くと、
F=maA4aO=aA4a=−3aA2l
と求まります。(WolframAlphaで確認)
B の加速度 aB
よって、B の加速度 aB は、
aB=aO+l2a=aA4−l23aA2l=−aA2
と求まります。
確かに、足がつまずいて A に左側の加速度が生じれば、頭 B はその反対側である右側に加速する、という納得のいく結果が出てきています。
aA を求め、それにより aB を求める。そして vB=3v02 へ。
aA は点 A の速度が Δt の間に v0→0 に変化したことから求められます。いま簡単のため等加速度運動とすれば、速度変化と加速度の関係は図↓のようになります。

つまり、
aA=−v0Δt
です。従って aB は、
aB=−aA2=v02Δt
となります。
vB は aB を積分すれば求まり、
vB=v0+∫Δt0aBdt=v0+v02Δt⋅Δt=3v02
となり、つまずいて足が止まってしまうことで頭は当初の速度 v0 の 1.5 倍に加速することが示されました。
実は問題設定の図はそれなりに正確に書いていた
問題設定の図とは↓です。

すなわち、
aB=−aA2
でしたが、そのように書いています。つまり、傾きが(上下反転で)倍半分ということです。そうすると、
vB=3v02
となることも、すぐに分かりますね。
解説
解説1. 回転の運動方程式
高校物理では回転の運動方程式は扱いまえん。でも一部分だけは出てきます。それは、モーメントがつり合って回転しない場合です。なのでここでは、そんなもんかという程度に見ておいてもらえれば良いです。
回転の運動方程式も並進の運動方程式と同様、
(慣性)×(加速度)=(力)
の形をしています。
並進の運動方程式の場合は、「慣性」は「質量」そのものです。質量が大きい方が動かしにくいわけです。
一方、回転の運動方程式の場合は、「慣性」は「慣性モーメント」という物理量です。これは回転のしにくさを表すもので、一様な長さ l の棒の中心を回転軸とする場合には
112ml2
です。この値は同じ物質でも回転軸が異なれば違った値となり、端を回転軸とした場合には
13ml2
と大きくなります。つまり回転しづらくなります。
そして「加速度」の部分は回転の運動方程式では「角加速度」になります。
最後に右辺の「力」は回転の運動方程式の場合は「モーメント」です。高校物理では回転しない場合のみ、つまりモーメントがつり合い、角加速度がゼロの場合のみを扱います。
モーメントのつり合いの問題は24年度の共通テストにも出題されました。↓の記事を参照ください。
解説2. 右辺に負号がついていることについて
一言でいえば力点と作用点が回転軸と反対側だからですが、丁寧に考えると次のようです。まず、運動方程式はこの図↓を元に立てました(再掲)。

この図のように力を加えると B は時計回りに回転しますが、F の符号は負なのでこの状態で B が時計回りに回転する、つまり a の符号が正となるためには右辺は正でなくてはならず、F<0 のためこれを正にするために負号がついています。
解説3. 絵を書いて関係を確認する
下図のように絵を書けば理解できると思います。

すなわち、回転の角加速度が a なので、回転軸から l2 だけ離れた点 A では回転の接線方向に加速度 −l2a になります。負号がついているのは、時計回りに回転するとき、すなわち a>0 のとき、点 A の並進加速度は左方向(負の方向)であるためです。
加えてもともと aO の加速度で加速しているので、その両者を加えた値が点 A での加速度ということになります。
まとめ
並進している棒の一端に力が加わり瞬間的に止まった場合、他端の速度は元の速度の 1.5 倍に加速します。テニスにおいては手の並進運動を止めることでラケットが加速するという、いわゆるラケットが走ると表現する現象になります。これをさらに積み重ね、足→腰→肩→腕→ラケットと連鎖させていけば倍々ゲーム的に速度は増していきます。決して力を込めて打っているわけではなく、運動をうまく連鎖させていくことによりラケットのヘッドスピードが上がります。
また、これに加えて脱力することも重要な技術です。↓の記事で考察しています。
- 究極の投球メカニズム 酒井伸之著 彩図社 2021年 ↩︎
- 武道・スポーツの基礎となる棒の力学:特に慣性力の重要性 _pdf (jst.go.jp) ↩︎
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