最近は、特に海外では電気自動車(BEV: Battery Electric Vehicle)が普及してきています。走行中には排気ガスを出さないから環境にいいと言われ普及が進んでいますが、価格が高いのに加え、長い距離が走れないなどのデメリットもあります。なぜ電気自動車は長い距離が走れないのでしょうか?燃費が悪いから?ここではこのような疑問に答えていきます。
航続距離が短いことには2つの切り口があります。一つはカタログ値自体が短いこと。もう一つはカタログ値に対して短いことです。
カタログ値自体が短い
HVなどに比較して確かにBEVは航続距離(走行距離)が短い
電気自動車ではカタログに一充電当たりの走行距離が記載されています。例えばトヨタbz4xではzグレードの2WDで559kmとなっています1。一方、通常のガソリン車やHVでは直接にはそのような値は記載されていませんので、モード燃費とタンク容量から求めます。例えばプリウスでは2.0Lハイブリッド2WDで28.6[km/L]、燃料タンク容量が43[L]なので2、
$$28.6\mathrm{[km/L]}\times 43\mathrm{[L]} = 1229.8\mathrm{[km]}$$
ということになります。
そしてFCEV(Fuel Cell Electric Vehicle:燃料電池車)であるMIRAIは燃料消費率は146[km/kg]、タンク容量が70[MPa]の高圧で圧縮して141[L]ということ3で、これを重量に換算すると8.7[kg]ですが、使える量はこれより少なく5.6[kg]です4。したがって、
$$146\mathrm{[km/kg]}\times 5.6\mathrm{[kg]} = 817.6\mathrm{[km]}$$
ということになります。
以上をまとめると次の表になります。
車種 | 燃費 | 電池・タンク容量 | 航続距離 |
---|---|---|---|
プリウス(HV) | 28.6[km/L] | 43[L] | 1230[km] |
MIRAI(FCEV) | 146[km/kg] | 5.6[kg] | 818[km] |
bz4x(BEV) | 128[Wh/km] | 71.4[kWh] | 559[km] |
確かに電気自動車であるbz4xは最も航続距離が短いです。それに対してプリウスの燃費のよいこと。bz4xの倍以上の航続距離があります。
燃費の単位がよくわからないのでガソリン相当にそろえてみる
しかしこのカタログ値を見てもいまいちピンときません。プリウスの燃費が良いことは28.6[km/L]という数字からも何となく実感としてわかりますが、MIRAIが水素1kgで146km走るとか、bz4xが1km走るのに128Whの電力しかいらないとか言われたところでよくわかりません。
これらを同じ土俵で比較ができるように、それぞれの燃料をガソリン相当に換算します。そのためにはまずはエネルギーの単位を[J]に戻します。例えばガソリン1Lは33.3MJのエネルギーを有しています5。水素6や電気についても同様に考えると次の表になります。
燃料 | 熱量[J] | ガソリン換算[L] |
---|---|---|
ガソリン1L | 33.3M | 1 |
水素1kg | 121M | 3.63 |
電気1Wh | 3600 | 0.000108 |
ここで、例えば水素1kgでは146km走り、またそれはガソリン換算では $3.63$[L] ということなので、MIRAIのガソリン換算の燃費は、
$$146\mathrm{[km]}\div 3.63\mathrm{[L]} = 40.2\mathrm{[km/L]}$$
ということになります。
同様にbz4xでは電気1Whで $\displaystyle\frac{1}{128}$ km 走ることになるので、
$$\frac{1}{128}\mathrm{[km]}\div 0.000108\mathrm{[L]} = 72.2\mathrm{[km/L]}$$
ということになります。
一方、タンク容量についても少し強引にガソリン換算してみます。これは、燃費をガソリン換算できたので、航続距離が同じになるようなガソリン容量を逆算して求めます。
表にまとめると次のようになります。
車種 | 燃費 | タンク容量 | 航続距離 |
---|---|---|---|
プリウス(HV) | 28.6[km/L] | 43[L] | 1230[km] |
MIRAI(FCEV) | 40.2[km/L] | 20.3[L] | 818[km] |
bz4x(BEV) | 72.2[km/L] | 7.7[L] | 559[km] |
これを見ると、FCEVはHVの1.5倍くらい燃費がよく、BEVはHVの2.5倍くらい燃費が良いことがわかります。しかし一方でタンクの容量がFCEVはHVの半分以下、BEVはHVの1/6程度となっており、FCEVやBEVは燃費は良いもののエネルギーの貯蔵に問題があることがわかります。
タンクの容量が小さいうえ、重量も重いのがバッテリーの特徴です。bz4xのバッテリー重量は480kg7と、通常のガソリンタンクの重さは20kg程度なので実に25倍も重いタンクを運び続けている、ということになります。
そして、これだけ重たいのはレアメタルをこれだけ使用しているということでもあり、急激すぎるBEV化はそれはそれで環境負荷が大きいと考えられます。
もう一つ、大事な視点があります。BEVはガソリン燃費相当で72.2[km/L]とかなり低燃費ではありますが、これは電気に生まれ変わってからの数値です。電気になるためには火力発電所で石油を燃やすなどしているので、その分を考慮して今一度割り出してみます。
発電効率も加味して考える
電気を生み出すには様々な発電方法がありますが、ここでは日本で最も割合の高い火力発電を考えます。火力発電にも石炭を使うかLNGを使うかなどの種類がありますが、下図よりざっと熱効率は50%と仮定して考えてみると、先ほどの72.2[km/L]の半分の36.1[km/L]程度がトータルで見たときの燃費と考えてよさそうです。
900423099.pdf (env.go.jp)
まとめ
このように考えると、プリウスの28.6[km/L]の燃費に対して25%程燃費の良い36.1[km/L]を得るために航続距離を大幅に犠牲にし、また大量の鉱山を掘り起こさなければならないBEVを一気に普及させるのはまた弊害も大きそうだと感じます。BEVの真価が発揮されるのは電気をクリーンエネルギーで作れるようになってから、また電池も環境負荷の少ない材料で、かつ軽く容量の大きなものが作れるようになってから、ということになりそうです。
しかしこのように燃費的にポテンシャルのある自動車であることもまた事実。つまり、現時点においてBEVの航続距離が短いのは、
電気になってからの燃費は圧倒的に良いが電池の容量が極端に少ないから
ということになります。
カタログ値に対して短い
次はカタログ値に対して航続距離が短いことについて考えてみます。
これはつまり、カタログでは559km走ると言っていたのに実際にはそこまで走れなかった、というようなことです。
カタログ値との比較でも航続距離(走行距離)は伸びないようだ
電気自動車の航続距離を検証する興味深い動画がありました。carwow日本語さんの動画ではテスラやメルセデスなどのBEVの航続距離を電欠まで実際に走って確かめています。その結果を引用させてもらって表にすると次のようになります。
車種 | カタログ値[km] | 実距離[km] | 割合[%] |
---|---|---|---|
メルセデス EQS | 746 | 521 | 72 |
BMW iX | 612 | 488 | 82 |
テスラ モデル3 | 626 | 467 | 75 |
フォード マスタング | 599 | 464 | 77 |
カタログ値に対して7-8割程度の航続距離です。
理由は走行速度にあり
この理由の大きな部分は走行速度にあります。カタログ値は一般にはWLTCモードで測定した値が使われます。WLTCの速度パターンは次のようです。
Microsoft PowerPoint – 05【資料53-2】WLTCの国内導入について(最終版) (env.go.jp)
この走行パターンから【燃費の物理1】高校物理で理解する燃費↓で示した走行抵抗の式:
\begin{eqnarray}
F_{air} &=& 0.05V^2\\
F_{roll} &=& 1.0V+100
\end{eqnarray}
を用いて走行抵抗のエネルギー(損失)を求めると次のグラフのようになります。
グラフ中の右から2番目のWLTCは左からのLOW, MIDIUM, HIGH, Extra HIGHの全てを取り入れたものです(日本で発売する車においては WLTC燃費を計算する際にはExtra HIGH は除外していますが、引用したYouTubeはイギリスのもののため、Extra HIGHも入れて算出しました)。また一番右には100[km/h]定常で走行した場合のものを記載しました。これを見ると速度が増すごとに特に空気抵抗が増えることにより損失エネルギーが増えることが分かります。ここで、WLTCと100km/h定常の損失エネルギーはそれぞれ14.1[kWh/100km]と19.4[kWh/100km]となります。
走行モード | 損失の逆数[100km/kWh] | 比 |
---|---|---|
WLTC | 1/14.1 | 1 |
100km/h定常 | 1/19.4 | 0.72 |
航続距離は損失の逆数に比例するためその比を求めると72%となり、先に示したYouTubeの結果がおおよそ納得できます。
このように、カタログ値であるWLTCモードよりも速い速度で走ってしまうと思ったほど航続距離が伸びない、ということが起こります。航続距離が気になるシチュエーションとは長距離を走行する場合であり、それは高速道路を使う場合なので、往々にしてWLTCモードよりも高速であり、思ったより航続距離が伸びないことになります。
速度を高めるとカタログ値よりも航続距離は伸びない
このことは何もBEVだけではなくHVやFCEVにも当てはまります。BEVもHVも損失エネルギーの元は空気抵抗と転がり抵抗で同じだからです。他の損失エネルギーは加速抵抗と勾配抵抗ですが、これらの多くはBEVもHVも同様に回生できるのです。
一方で、HVではない通常のガソリン車では回生ができないため、加減速の多い低速モードの方が損失が大きく、燃費が悪くなります。確かにカタログをよく見れば、ガソリン車ではモードによって燃費が大きく異なります。高速道路モードでは14.9[km/L]も走る一方、市街地モードでは7.2[km/L]しか走りません。プリウスの方は高速道路モードも市街地モードもあまり変わりません。
TOYOTA HP
プリウスでの検証動画
プリウスの検証動画でも興味深いものがありましたので紹介します。
クルマ買う系チャンネル「ワンソクTube」さんの動画では1100km無給油チャレンジを行い、結果は到達できていません。
一方、新プリチャンネルさんの動画ではガス欠まで1302km走れると結論付けています。
両者は若干グレードが異なる車のようですが、最も支配的だったのは走行速度の違いだろうと思われます。
前者の方は流れに任せて通常に走行している様子なのに対し、後者の方は速度を80km/h程度までに控える運転を行っていました。このように、燃費を抑えるには速度はあまり出しすぎない方がよいということが改めて分かります。
冬に航続距離(走行距離)が特に短いのは・・・
BEV特有:暖房と電池性能低下
また、BEVは冬に弱いとよく言われます。それは、暖房に電気を使うからです。例えば暖房に2kWの電力を使用するとすると、80[km/h]の定常走行に要するパワーが11.1[kW]、100[km/h]では19.4[kW]なので約20%~10%程燃費が悪くなると予想できます。速度が遅いともっと燃費の悪化割合は顕著です。燃費が悪くなれば、航続距離は当然短くなります。
加えて電池の性能も低下します。レクサスのHPには
リチウムイオン電池の特性上、外気温が低くなると航続距離が減少する傾向があります。外気温20℃と-5℃では、最大55%程度航続距離が減少する場合があります
LEXUS BEV|BEVのご留意事項
とあります。
ここまではいろいろな人が指摘をする冬場に弱い理由ですが、もう一つ忘れてならない重要なポイントがあります。
全車共通:空気の密度が大きくなる
もう一つ、冬場に燃費を悪化させる忘れがちな理由が、空気の密度が大きくなる、です。30℃と0℃の空気密度を比べると、30℃に比べて0℃の場合は約11%密度が大きくなります。
温度 | 1気圧密度[kg/m$^3$] | 割合 |
---|---|---|
30℃ | 1.165 | 1 |
0℃ | 1.293 | 1.11 |
密度が高くなった分に比例して空気抵抗が大きくなるので、冬場は1割程度の燃費悪化が想定されます。ただし、これはBEVに限りません。
エンジニア視点でのBEVのメリット
これまで、BEVは航続距離が短いとデメリットの面を述べてきましたが、決して悪い面ばかりではありません。BEVは重たいことを除けば次の観点から基本性能は高いです。
車両応答性がよい
一般的に車両の重量配分が前後で偏っているよりも半々である方がハンドル操作に対して車両が機敏に応答します。
エンジンがある車両だとエンジンはたいてい前方についているため、前重心になりがちです。それに対してBEVにはエンジンは無く、また重たい電池は比較的真ん中に置くことができるため、重量配分を半々にしやすいです。
そのため、BEVは重量配分がよく、その分、車両応答性をよく設計できます。
発進性能がよい
一般的にエンジンは低速に弱く、モーターは低速から高トルクで回転できるため、発進性能が良いです。
エンジン音・振動が無い
BEVにはエンジンが無く、エンジンよりもモーターの方が動力音や振動は小さいです。
まとめ
電気自動車(BEV)のデメリットの一つを航続距離が短いという観点から深堀して解説しました。
BEVはこの表にあるようにカタログ値で比較しても航続距離が短いです。
車種 | 燃費 | 電池・タンク容量 | 航続距離 |
---|---|---|---|
プリウス(HV) | 28.6[km/L] | 43[L] | 1230[km] |
MIRAI(FCEV) | 146[km/kg] | 5.6[kg] | 818[km] |
bz4x(BEV) | 128[Wh/km] | 71.4[kWh] | 559[km] |
この理由は、電池・タンク容量が小さいことです。燃費や電池・タンク容量をガソリン相当に換算するとこの表のようになります。
車種 | 燃費 | タンク容量 | 航続距離 |
---|---|---|---|
プリウス(HV) | 28.6[km/L] | 43[L] | 1230[km] |
MIRAI(FCEV) | 40.2[km/L] | 20.3[L] | 818[km] |
bz4x(BEV) | 72.2[km/L] | 7.7[L] | 559[km] |
BEVはタンク容量が小さいですが燃費自体は良いです。しかしながらこれは電気になった後の数値であることに注意が必要です。電気にするために約50%のエネルギーを失っているため、実質的な燃費は72.2[km/L]から36.1[km/L]に落ちます。
BEVを製造するにはレアメタルを鉱山から大量に掘り起こさないといけないことを考えれば、急激な普及は環境負荷が大きいとも言えると思います。
また、BEVはカタログ値ほど航続距離が伸びません。だいたいカタログ値の7-8割程度です。この大きな理由は走行速度です。通常、航続距離を気にするような長距離運転時には高速走行を行いますが、カタログ値の測定条件はそこまで高速ではないためです。ただしこれはBEVに限りません。HVでも同様です。
さらにBEVは冬に弱いです。それは暖房に電気を使用するため、そして電池の性能が落ちるためです。加えて全車共通ではありますが、冬は夏よりも空気密度が約1割高いためにその分空気抵抗が大きくなり、燃費が落ちます。
一方で、BEVは車両性能的にはポテンシャルが高いです。重量配分が半々にしやすいため車両応答性がよく、モーター駆動のため発進性能がよく、またエンジンがないためエンジン音や振動もない、などです。
日本はBEVが遅れているとか、特にマスコミは過激な報道をしがちですが、このようにBEVのいい面もよくない面も理解した上で報道しているのか、そういう着眼を持ってもらえると幸いです。
コメント
HV,FCEV,BEVの比較をわかりやすく解説をしていただきありがとうございます。
私は年に数回ですが高専生に「100年に一度の変革期 ,CASE,MAASなど」について就職・進学前の学生に講演をしています。今までは、エネルギ機関などの資料で、原油精製からのエネルギー効率からのEVの優位性を説明していましたが、具体的でなかったところがありますので、ここのWebでご説明の内容を具体的に数字を挙げて説明をしたいと思います。使わせていただいていいでしょうか?
(ここのWebは土居先生から教えて頂きました。)
コメントありがとうございます。はい、ぜひお使いください。学生さんにお役に立てること、この上なくうれしいです!
その他のページについてもお役に立てる部分がありましたらぜひお役立てくださいませ。